今年は「あの電話」を取れました。

「毎年、気を遣わなくても良いのに!
来年はいらないからね!」

「いやいや、そっちに帰れなかったからー」

「その後はちゃんとやれてるのかい?」

「まぁ、ぼちぼちね!
あっ、そういえば、
昔、お母さんがやってた内職って、
あれって何だったのw?」

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もう毎年恒例になった、
「母の日の翌日」の電話の内容です。

山形の実家に暮らす母親から、
母の日の次の日には必ず電話があります。

大学1年の時に上京してきてから、
母の日、父の日はプレゼントを贈るようにしています。

もう今年で15回目?16回目?
どっちかですw

次の日には必ず母から、
「届いたよ!」の電話があって、
大体は仕事中で留守電にメッセージが入っていて、

あとで僕からかけ直すのですが、
今年は会社員では無いので、
電話にそのまま出ることが出来ました^^

こういうのも、
会社員じゃない生活の中の小さな幸せです。

うちの家族は両親と、
7つ離れた兄と僕の4人家族で、
いたって普通の家庭です。

父親はバスの整備士。

高校卒業からずっと同じバス会社で働き、
定年退職後も同じ会社でアルバイト待遇で働いています。

「体、動かしてないとなまって仕方がない」

のだそうですw

母親は、元々は会社員でしたが、
次男である僕の出産を機に、
休職→退職 という流れになりました。

なので、
僕は母の「専業主婦」としての姿しか見ていないのですが、
今でも脳裏に焼き付いて離れないのが、

その母が、僕が幼稚園だった頃に、
自宅でやっていた「作業」です。

毎日、夕方になると、
作業着を来た男性が、
青い箱を持ってきて、それを母親が受け取る。

母は赤い箱をその男性に渡して、
挨拶して終了。

どちらの箱の中にも、
なにやら難しそうな機械が入っていました。

そして日中、
母は受け取った青い箱から、
何かの部品を取り出して、

専用の作業机でカチカチ何かを組み立て始める。

子供ながらに、

「お母さん、、何屋さん?」

とか思っていました。

ずーっと聞けなかったんですよねw

親子でもなんかそういうのありませんか?w

僕だけですかね。
聞いていいのか何なのかわからないこと。

子としての僕も、
変化球的な回答が来たらなんか気まずくなりそうで、
ずっと聞けずにいたんですが、

今日、サクッと聞いてみたんです。

「あっ、そういえば、
昔お母さんがやってた内職って、
あれって何だったのw?」

「あー、あれ何だったんだろうねw」

なんだこの回答!!

本当にわからないそうですが、
よくよく話を聞いてみると、

僕を出産する前に勤めていた会社から、

「在宅でもいいから仕事してくれないか!?」

と頼まれて受注していた内職だったようです。

その会社では、
いろんな家電の中に入っている基盤?
をつくっているらしく、
その作業の一部を母が請け負っていたということなんです。

しかし、それがどんな製品の部品かは分からずw

日中に3-4時間の作業で、
月に10万円ぐらいの収入があったようです。

当時にしてみれば良い金額ですね^^

技術職なので、
誰にでもできるわけじゃない。
だから単価も高かったのだと思います。

今も在宅ワークで、
プログラミングやデザインの職業がありますけど、

技術があれば家でも稼げるという流れは、
昔も変わらなかったんですね^^

ネットビジネスも一緒の考えです。

転売スキルもYoutubeのスキルも、
全部”技術”なんですよね。

もちろんSEOの知識、経験も技術のうちの一つ。
トレンドブログもそうです。

一般的に求人誌に載っているアルバイト、
パート情報を見て集まる人では、
持っていない技術があるから稼げる。

結局のところ、
他者と差別化する何かがあって、
付加価値を与えられるからその対価をもらえてるんだ。

そんなことを母との会話で思いましたね。

最終的に母には、

「そんなにおいしい在宅の仕事、
なんで辞めたの?」

って聞いたら、

「どんどん1日のノルマがきつくなってきて、
結局辞めたんだよね〜」

ということを言ってました。

内職を辞めてからは、
兄と僕を専業主婦として育ててくれました。

僕自身は兄と7歳も離れているので、
小学校5年生の時には、
兄は実家を出て上京したんですね。

高校を卒業した後に、
東京の専門学校に通うために。

それからは完全に一人っ子状態。

反抗期やら、
なんやらを全部受け止めてくれました。

父親は職人気質で厳しい父親でしたので、
父親には何も言えず、
その代わりに母になんでもかんでも言い散らかしてましたね。

汚い言葉を。

それも全部受け止めてくれたのは、
母が優しかったのか、
器が大きかったのか、

そもそも「母」という存在はそういうものなのか。

今になって思いますが、
母が会社に働きに出ていて、
学校から帰ってきたときに、
一人で「ただいまー」って帰ってくるような状態だったら、

寂しかっただろうなぁ

と思います。

母が家で待ってくれていたあの状態。
すごく幸せなことだったんだと。

その時は気付かないもんなんですよね。
誰だって。

だから、それに気付いてからは、
感謝の気持ちを、いちいち伝えるようにしています。

今も色々と親不孝ですがw

それでも、
いつまでも応援してくれる母に感謝です^^

長生きしてください。

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